白 江 庵 雑 記




   この旅は

   海馬を恃む

   春の夢



   百合の粉で

   指染め

   日記記す朝



   月琴で

   秋を奏でて

   かしぐ首



   見上げれば

   音無き声が

   あふれ満つ

   無量の雪の

   幽玄の空



   あじさいが

   ガラスの球に

   抱かれて

   広がる華の

   染める色域





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           雑 詠 日 記



          徐 山 猿 声』   


                   一九八八年 --  一九九六年



        解 題


     わたしの雑詠が始まった経緯は、この「徐山猿声」巻の一(一九八八年)の

    序に書いた。それが続いて年ごとに冊子になっていったようすも、続く巻にたどる

    ことができる。それを九巻で一区切りにしたのは、十になる前に気分を一新し

    て、まだまだわたしの歩みが続くという気分がしたからである。夏目漱石は、

    漱石という号を二十歳ごろにつけて終生それを用いた。自身の在り方を表わ

    していて、歳をとった後にも、それがふさわしいと考えたのであろう。文学的な

    才はないのに、わたしも面白半分に「徐山」という号をひそかにつけて、計算

    機のニックネームにしていた。『孫子』の「…、其徐如林、…、不動如山」とい

    う有名な文から、文字を選んだ。風と火を秘めてというこころであった。少し歳

    をとったら飽きてきて、名の谷川から連想する水という語をつけようと考えた。

    春水はわたしに合わないと思うから、秋水ということにした。谷川の秋の水で

    ある。幸徳がその名を名乗っているが、決してそのような切れ味を望んだので

    はない。もちろん、漱石ほどの諧謔と自己規定もない。高杉晋作が西行の

    向こうを張って東行と号したほどのことでもない。


     一九九七年に雑詠日記をまた新しく巻の一から始めるに当たって、区別の

    ために「秋水泡語」という表題をつけることにした。わたしの雑詠は谷川を流

    れる水の泡のようなものというつもりであった。そうすると、それまでに出来た

    九冊の冊子に名をつけたくなる。しかし、それらの雑詠は習作として始まった

    ものにすぎない上に、まだ人間の悩みを消せず秋の澄んだ水にも及ばない。

    というわけで、九冊になった冊子の集まりに、『徐山猿声』という名をつけた。

    急いでつけたせば、「秋水泡語」もその表題がもつ可能性からはほど遠い。

    谷川の水が故郷の海辺に流れ着いて、今では海の蝶となってまだ歌を詠み、

    「海蝶夢話」という夢のような話を語っていることは、「白江庵雑記」と名付け

    たホームページに書いた。


     三篇とも古風なタイトルになったけれども、わたしの一般的な趣味は古風

    ではないと思っている。しかし、名は体を表わすというから、新しくはないのか

    もしれない。伝統から離脱できない俳句や短歌だけではなく、文体もモダン

    ではないのだろう。限界を知らされる。そこではことば書きのように、詩や文学

    に関係する言葉を引用している。それは、わたしの歌を補強してくれるかも

    しれないという期待から来ているだろう。かならずしも文学だけを読んでいる

    わけではない。むしろ背伸びして、のろいけれど、さまざまなジャンルの書物

    を読もうとしている。歌に唐突なことばが出てくるのは、その影響からだ。


     名の通り雑多なうたを並べたものを、読んでくださる方があるだろうか―と、

    今つぶやています。


         二〇一〇年 三月             谷川 修



                  目 次


        扉・目次


      巻の一   一九八八年 ・・・・・・・・・・・・・・・・   1


      巻の二   一九八九年 ・・・・・・・・・・・・・・・・  13 


      巻の三   一九九〇年 ・・・・・・・・・・・・・・・・  35 


      巻の四   一九九一年 ・・・・・・・・・・・・・・・・  71


      巻の五   一九九二年 ・・・・・・・・・・・・・・・・  111


      巻の六   一九九三年 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 153


      巻の七   一九九四年 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 189


      巻の八   一九九五年 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 225


      巻の九   一九九六年 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 265


      解題




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